――がちゃ
 部屋に入って最初に目に見えるのは、向光と明るい太陽の光を入れるだけの開かない一対の窓だ。
 その横のベッドに、彼が静かに眠っている。
 ベッドしか無い殺風景な白い部屋が今の彼の部屋だ。
 部屋には特有の、消毒液の匂いがした。
 その匂いに改めて、この場所が病院の中だと思い知らされた。
 いったい何度目だろう、私が彼と会うのは……。


 私が彼に始めて出会ったのは、学校の入学式の時だった。
 会ったと言っても、一方的に私が彼を見つけただけだ。
 私の目には彼は他の誰よりも、輝いて見えた。

 たぶん、一目惚れなのだろう。
 彼に会えないと、どうしようもない不安が私の心を占めた。
 彼の姿を見たら、何も出来ない自分に対しての苛立ちが募った。
 入学式から程なく、私は彼に告白した。
 一生懸命に考え抜いた結果だった。
 だけど、……私の思いは彼に受け入れて貰えなかった。
 悔しかった。
 けど、それ以上に悲しく惨めな気持ちになった。。
 私は彼に、せめて友達でいさせてくれる様に懇願した。
 それならと、彼は承諾してくれた。
 その時は、何を置いても兎に角、彼の近くに居られれば良かったので、安堵した。
 ふられても、私は彼の事が諦めらきれなくて何時かは振り向いてくれると信じて、彼に近づいてくる女性はすべて排除していった。
 ある女性は、自殺までしようとした。
 慌てわしたが、悪いことをしたという罪悪感は無かった。

 けれども、そんな努力も虚しく、彼に恋人が出来てしまった。
 私は、彼が私の近くに居なくなってしまった喪失感に魔が差したのか、次第に夜の街に繰り出すようになっていた。
 しかし、彼を失った喪失感は埋まらなかった。
 人が無意味に熱狂している場所にも行ってみたし、戯れにドラッグにも手を出してみた。
 だが、どんな事をしても、彼の近くに居て満たされていた時と比べてしまい、結局は喪失感を大きく増やす結果に終わった。
 私が喪失感を埋める方法を見つけたのは、そんな、生きてるのか死んでるのか分からないまさに、生きる屍の時だった。
 きっかけは単純な事だった。
 ………………犯された。
 その男は、街に繰り出すようになってから知り合った、名前ぐらいしか知らないどうでもいい男だった。
 ある時その男に誘われて、断るのも面倒だったので、私は誘われるまま男に付いて行った。
 それがいけなかった。

 男は突然、私を暗闇の中で押し倒してきた。私は必死に抵抗したが、男の腕力には敵わず組み敷かれてしまった。
 そこからはもう思い出すのも苦痛だ。
 荒々しく、私の衣服を剥ぎ取ると、男は、まるで盛りついた獣のみたいに、私に襲いかかってきた。泣き叫んで暴れても、男は行為を止めず、私を犯し続けた。
 私は、ただ凌辱されるのを、屈辱と恥辱を我慢して耐える事しか出来なかった。
 男は、何度も汚らしい行為を続けて、やがて満足したのか、男は私の上から体を離し始めた。
 男が、背を向けた瞬間、私は、持っていたナイフで男に切りかかった。男は咄嗟の事に反応できず、ナイフを体で受けるしかなかった。
 男は、苦痛の声を上げながら、地面に膝を着いた。
 私が近づくと男は、怯えきった顔で後退った。男は、今まで組み敷めていた私に対して恥も何もなく命乞いをしてきた。
 私は男の懇願を無視して、更に男の体にナイフを突きつけた。
 情けない。許しを乞うぐらいなら、始めから怨まれる事をしなければ良いのにと私は思った。

 やがて、男がピクリとも動かなくなってきた。
 動かなくなった男を見下ろして、私は狂ったように笑いがこみ上げてきた。
「クククッ、アハハハハ」
 なんだ、簡単な事じゃないか、彼が“手に入らないなら”私の手で“誰の手も届かない所に送ってあげれば良いんだ”そうすれば少なくとも、彼を他の女性に取られる事も無くなる。
「アハハハハハハハハハ」
 こんな良い考えを、何で今まで考えつかなかったんだろう?
「ハハハハ、アハハハハ」
 私は暗闇の中、何かが壊れていく音を聞いたような気がした。


 方法が分かったと言っても、私は彼が苦しむのを見たくなかった。だから“練習”をする事にした。
 “練習相手”は夜に人が集まる所に行けば、何もせず立っているだけで声を掛けてくる、頭の軽そうな軟派男で事足りた。
 何人かの男に試してみて、何処をどの位の強さで“刺せば”良いのか大体掴めた。
 そして、一昨日にとうとうそれを実行に移した。
 いざ彼を前にすると、どうしようもない震が体を走り回った。
 私は、その震えを懸命に抑えて、彼に刃を振るった。
 彼が、血の海に倒れたのを確認してから、私はその場を立ち去った。
 あの傷と出血量では、助かるはずが無いのに彼は奇跡的に一命を取り留めたらしい。
 ……信じられなかった。“練習”をした男達は誰も、彼よりも幾分軽傷だったが例外なく、絶命した。
 それなのに何故、彼は生きているのか?


 ピィ−、ピィ−、ピィ−
 彼に付けられている器具の電子音だけが、病室に響く。
 その音で、彼がまだ生きているとゆう事を実感した。
 私は彼を、いとおしく思いながら付けられている器具を外していった。
 彼にはこんな物似合わない、彼に似合う物は、“赤い”物だ。
 器具を外し終え、彼を見下ろしながら私は暗く笑った。
 今度は確実に心臓を突こう。
 ここがいくら病院でも、心臓に穴が開けば助からないだろう。
 私はナイフを、彼の左胸の真上に振り上げて一気に落とそうと――
 ――がちゃ
「誰ですか? 器具を…………」
 外したのは? と続けようとしたのだろう、看護師の顔が私を見て、恐怖に歪んでいく。
「きゃあああ!!」
 看護師は、私の持っているナイフに気が付いたのだろう、病院中に聞こえると思う位の悲鳴を上げた。
 ちっ、私は内心で舌打ちをした。
 まずい。
 早くしないと、この看護師の悲鳴を聞きつけて人が集まってくる。
 私は、急いで彼に刃を突きたてた。
 じわりと、赤い色が彼の衣服を染めていく。
 ステ−キを切るような柔らかい抵抗感があり。
 その抵抗を過ぎると、固い物に当たる感触が手に伝わる。
 その感触を無視してなお刃を突きたてると、手を震わせる振動に突き当たった。
 たぶんコレが心臓なのだろう。
 私は構わず、ナイフに力を込めて更に押し込んだ。
 ナイフが彼の体を突き抜ける。
 ピク、ピク、彼の体が痙攣するように動く。
 ブシュ−、ナイフを彼の体から抜くと、間欠泉みたいに血が吹き出していく。
「アハハハハハハハハハ」
 私は、彼の血に濡れながら暗く笑った。
「ハハハハハハハハハハ」
 もう誰にも“渡さない”。
「アハハハハハハハハハ」
 これで、彼は“私の物だ”。
 病室に、慌ただしく警備員などが入ってくるのが視界に入る。
 もう無駄だ。彼が助かる可能性はもう無い。
「アハハハハハハハハハ」
 私は警備員に捕まれても笑い続けた。
 心臓を貫いたのだから、生きられる筈がない。
「アハハハハハハハハハ」
 ……もし、生き延びれたとしても…………私がまた………………。


戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送