「んっ……」
 僕は頬に当たる冷たい感触で目を覚ました。
「う−ん」
 大きく伸びをして辺りを見てみる。月明かりにそこそこ見覚えのある部屋が写る、学校の部室だ。
 僕は何で部室で寝ているのか疑問に思ったが、なんて事はない、僕は部室で寝てしまったようだ。
 何気なしに時計を見る。時計は午後九時を指差していた。
 僕は起こしてくれなかった、同級生や先輩を恨めしく思って部室を後にした。
 月明かりでリノリウムの廊下が幻想的に光って見える、普段は賑やか廊下が静寂に包まれていてまるで、まるで、切り取られた空間にいるみたいな感覚に陥った。
 誰かが夜の学校は怖いと言ったのは多分、この普段と違う幻想的な印象のせいだろう。
 僕は不気味に思える夜の学校を、目的の教室まで歩いていった。
 ――ガラガラッ
 教室の中は月が雲に隠れたのか、闇に支配されていた。その、漆黒の闇の中に見覚えのある人物が立っていた。
「樫実先輩?」
 教室の匂いが違う事に中に入ってから気がついた。特有の木の匂いではなく、むせるような金属臭の匂いがした。
 僕の声が聞こえたのか、先輩はこちらを向いた。
「こんばんは、達也君」
 先輩は、いつもと変わらない笑顔で僕の教室に居た。
「こんな夜中にどうしたの?あっ、ひょっとして忘れ物したのかな?」
 先輩は楽しそうに笑いながら、ドジだなぁと続けた。
「先輩の方こそこんな夜中に何してるんですか?」
 僕の声は、先輩に対しての得体の知れない恐怖で掠れていた。
「私はね……」
 月明かりが再び世界を支配し始める。
「ゴミ掃除」
 教室が月明かりに照らし出されて異臭の元が浮かび上がってきた。
 それは、肉解だった。
 僕が知っている、先生、職員、男子生徒、女子生徒が辛うじて誰か判別出来るほどに、バラバラにされていた。
「うっ……」
 見えた事によって、臓物の異臭が強くなったような気がした。
「どうして、こんな事したんですか?」
 嘔吐感を必死に抑えて、それだけを何とか尋ねた。
「我慢出来なかったから」
「がまんできなかった……?」
 僕は先輩の言葉の意味が分からず、オウムのように先輩の言葉を繰り返してしまった。
「そう、我慢出来なかったの」
 先輩は笑顔を顔に張りつけたまま続ける。
「私より達也君を知ってる人も、達也君が私より知ってる人がいるのが、許せなかったの」
「だから、殺したんですか?」
「そう、だから居なくなってもらったの」
 先輩は何でもない事のように言い切った。
「それだけの為に?」
 僕はかすれた声で先程と同じように尋ねた。
 先輩が窓際から僕の方、教室のドアに近づいてくる。
 逃げようにも、恐怖の為に体が動かない。……いや、例え体が動いたとしても、先輩の瞳に捉えられている僕は、どの道逃げられはしないだろう。
「私にとっては大事な事なの」
 先輩が僕の首筋に顔を埋める。
「怖がらなくて良いよ、ちょっと忘れてもらうだけだから」
 僕は恐怖の為に動けない。
 先輩の熱い吐息が首筋に掛かる。
 危険がすぐそこまで迫ってる。
 だけど僕は動けない。
 歯が首筋に当たる感触がした。
 僕は痛みに耐えようと目をきつく閉じた。
 歯が首筋に突きたてられる。








「いった!」
 僕は首筋に感じる痛みに跳ね起きた。
「あっ、起きた」
 隣から楽しそうな声が聞こえた。思わず声の聞こえた方を見た。
「か、樫実先輩!?」
「そうだよ、樫実先輩だよ」
 先輩は明るい顔で屈託なく笑う、その手にはシャ−ペンが握られていた。
 さっきのは夢か? 僕はそう結論づけた。
「随分うなされてたみたいだけど大丈夫?」
「樫実先輩」
「何かな、達也君?」
「先輩は、人を殺したいと思った事ありますか?」
 僕は先程見た夢が、頭から離れず先輩の質問に質問で返してしまった。
「私も普通の女の子だからね、無かったって言えば嘘になるね」
 先輩はそこでいったん言葉を切った。
「『我思う故に我なり』……誰が言ったか忘れちゃたけど、私はこの言葉が好き」
 突然の先輩の告白にどう答えて良いのか僕は首を傾げた。
「誰も聖人君子には成れないから、怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、哀れみ、妬み、裏切り、羨望、嫉妬、愛情、理由は色々あるけど人が人を殺そうと思うのは普通だよ。 女の子の私でも思った事ある位だから、男の子の達也君が、人を殺したいと思っても奇怪しくないよ」
 先輩は僕が人を殺したいと思っているのか、教師が生徒を諭すように自分の考えを教えてくれた。
「……高校二年生にもなって女の子ですか?」
「酷いなぁ達也君。これでも私、中学生で通じるんだから」
 先輩は明るく笑う。
 喜ぶ事ではないでしょうと、僕は心の中で思う。
 たしかに先輩は身長が低いから、中学生でも違和感無く見れるだろう。
 それをきっかけに話が変わっていった。
 先輩は僕を気づかって話題を変えてくれたのだろう。先輩の優しさに触れて、先程の夢はやはり悪夢だと思えた。
 だから僕は先輩に、今見た悪夢を言う事は出来なかった。

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