ピ―、ピ―。
 これは夢だ。
 ピ―、ピ―。
 私は夢を見ている。
 私は寝る度に、何時も同じ夢を見る。
 ピ―、ピ―。
 人工的と言うには無機質な、冷たい音、機械的と言った方がしっくりくる。
 その部屋には電子の光が溢れていた。
 数体の人影が、慌ただしく動いている。
 壁に埋め込まれて光を出す機器を、動いている者は例外なく操作している。
 機器からは、いくつも中央に向かってチューブのような物が延びている。
 チューブは全て、ベットで横になっている人物に繋がっている。
 手、脚、胸、頭。
 身体中を幾重にも這っている。
 その人物は、薄布一枚すら羽織ってない。
 年頃の者なら思わず見てしまう姿が、身動ぎもせず横たわっている。
 だが、部屋で動く者達は誰も身体を見たりせず、ただ黙々と作業を続けている。
 当然だ。
 彼等は、肉解の固まりに興味などないのだから。
 電子の光が時間が経つに連れて、多くなっていく。
 光に照らされて、人物の顔が徐々に浮かび上がってくる。
 それで私は、目が覚めるのが後少しだと言うことに気がつく。
 顔の全貌が私の目に移る。
 視界が一転する。
 ……部屋で横たわっていたのは、紛れもようもなく私だった。


 チュン、チュン。
 目覚めると目の前は当たり前のように、夢とは違って薄く陽光が指している。
 起きると言うことは、今は朝と言うことで当然の如く外は日の光で輝いている。  私はベッドから身を起こし、サイドボ−ドに手を伸ばす。
 キラリと刀身が光る刃物が手に触れた。
 私は何時ものようにそれを構えて、刃を腕に滑らした。
 さながら自分が今生きているのを確かめるように。


「S−11、今言った単語のresultsの意味を説明しなさい」
「分かりました」
 指名された生徒が返事をして立ち上がる。
 新時代に入り、学校と言う物の存在理由が大きく変化した。
 まず、旧時代のように知識を学ぶのではなく。知識を確認、実際に運用してみる。
 それが学校の存在理由になった。
 旧時代、今までになかった大国は呆気なくこの世から消滅した。
 強固にされた物ほど、予想外の事態には驚くほど弱い。
 システムが全て、アナログからデジタルに移行したのも原因だった。
 数人の悪意ある天才によって、大国は崩壊に向かった。
 始めは、通貨の暴落。
 やがてそれは、第三次世界大戦と言う事態を巻き起こした。
 世界を支配していたと言っても、過言でもない大国が崩壊したのだ。
 大国に抑圧されていた国々、世界の覇権を握ろうとする国。
 様々な思惑を持った国々が参戦し、最終的に大戦は世界中の国家の参戦と言った、恐ろしいことになった。
 それまでは平和の象徴、生活の道具等に使われていた様々な機械が、軍事用に転用された。
 技術は驚くほどのスピードで革新を続けた。
 無人戦車、機械歩兵、新型エネルギ−の開発。
 中でも一番の発明は、自立式の機械だった。
 人間と同じ外見、自分で考え判断行動する。SFなどにしか出てこなかった兵器人形が誕生したのだ。
 兵器人形の登場によって、戦況は大きく変わった。
 感情を持たず、恐怖を感じず、言われたことを確実にこなす。
 そんな機械人形が全ての戦場に投入された。
 結果、世界の人口は最盛期の五割になるまで減ってしまった。
 これに慌てたのは、兵器人形を発明投入した国だった。
 当然だろう、あくまで自衛の為に作った物が、自分の国を残して全ての人類を虐殺してしまうほどの威力を持った殲滅兵器だったのだ。
 直ちにその国は生き残っている国全てに、和平の申し入れをした。
 返事は、申し入れの直後に続々と届いた。
 そして第三次世界大戦は、大規模な砂漠化、五十を越える国の消滅と世界人口のおよそ六割の死者を出す、大惨事に終わった。
 圧倒的に人口が足りなくなった人類は、兵器人形に感情を持たせ、人間の命令に絶対の服従をする友人。
 新たに自動人形の開発に躍起になった。

「原因、です」
「正解ですS−11。ただ、機械的に答えず、感情を持って下さい。それだといつまでもBマイナス評価です。最低でもAマイナス評価を貰えなければ、出荷はされません。頑張って感情を出して下さい」
「忠告お受けしました。以後努力をします」
 もう一つの理由がこれだ。
 学校は自動人形の養成場になった。
 養成場では識別が出来ればいいので、呼称と言うものもなくなった。
「次、M−三,例文を作って見て下さい」
 教室中の生徒の視線が私に集まる。
 うんざりしながらも席を立つ。
「……This results。これが原因」
 代わりに出来たのはSとM、それに数字を足しただけの物だ。
 SはSlaveで奴隷の略。MはMasterで主人の略だ。
 自動人形はS。人間はM。
 つまりさっき答えたのはこのクラスで十一番目の自動人形で、私は人間の三番目だ。
「良くできました」
 教卓の上の自動人形があっている胸を伝える。
 ……当たり前だ、“この学校”に入れない者でもこれ位が分からない者など居ない
 人間だと言うだけで、一番簡単な問題を出される。
 そして何もしなくっても自動的に卒業できる。
 ただの観察対象、自動人形の手本。
 滑稽だ。
 機械に囲まれた人間。
 まるで、醜いアヒルの子ではないか。
 いや、アヒルは私で周りが白鳥なのだ。
 キーン。コーン。カーコン。
「今日の授業はこれで終了します。速やかに下校を始めて下さい」
 その言葉に従ったわけではないが、私は足早に学校を後にした。


ザワザワザワ。
 大通りには隙間がないほど建物が建っている。
 会社の終業時間に重なったのか、通りには人も自動人形も溢れていた。
「諸君! このままで良いのか! 兵器人形などに良い様にされて良いのか!」
 テナントが何も入ってないビルの前から、もう聞き慣れてしまった感がある男の怒声が聞こえる。
「思い出せ! 世界をこんなにしたのは兵器人形だぞ! 機械は機械に、意思など持たすな!」
 聞く度に思うのだがこの男は“本気”で言ってるのか?
 確かに世界をこんな物にしたのは兵器人形だが、原因を作ったのは我々人間なのだ。
 子供でさえ、今の生活が自動人形にどれだけ頼っているのか知らない者は居ないのだ。
 仮にこの男が“本気”だとしよう、それなら自分だけでドームを出て野に下れば良いのだ。
 自分の身勝手に他人を巻き込むな。
 現にこの男が言うように、今の生活をよしとしない人々の多くが、外で生活しているのだ。
「従うふりをして、何時我々に牙を向くのか分からないのだぞ!」
 それこそ要らぬ心配だ。
 自我を持つ機械にはそれこそ製造前から、徹底されて施されている処置がある。
 一つ。機械は、人間を傷つけてはならない。
 二つ。機械は、危険を作って人間に危害を加えてはならない。
 三つ。前二つを異脱しない限り、自分を犠牲にしてはならない。
 もう名前も忘れられた、旧時代の人物が唱えた概念だ。
 もしこれを破れば、破った機体は直ちに破壊される。
「誰か! 我々に賛同する者はいないのか!」
 いる者か、その類を言った者に従うのは余程の馬鹿か、この男みたいなイカレた奴だ。
 昨日までなら、警察の自動人形が駆けつけて、止めようとするが、処置のため。結局人間に取り押えられる。
 それが流れだ。
 分かっているのだ、危険のないゲーム。
 絶対に怪我をすることがない犯罪。
 駄々をこねる子供。
 自分の苛立ちをぶつける物が分からず、安易に犯罪行為へ走る。
 しかし、今日は昨日までと違っていた。
「あれ」
「嘘。何する気?」
 何時もなら無視して通りを行く者達の視線が男の隣に集まっている。
 人間達は興味本位に、自動人形は同胞の危機に不安を募らせて。
 男の隣には、裸にされて満足に身体を隠すことも出来ずに顔をリンゴのように赤くしている少女がいた。
 人間と見分けが付かない外見。
 だが、自然界の動物にはあり得ない瞳。
 右の瞳が上と下で異なる色を出している。人間と自動人形を見分ける唯一の違い。
「ここに宣言しよう! 我々は全ての自我を持つ機械を破壊する!」
 男は高らかに言い放つと、何処から取り出したのか鋭利な刃物を右手に構えた。
「先ずは見せしめだ!」
 言い終わると男は、刀身を少女に振り被った。
「あああぁぁぁぁーーーー!!」
 発声器官が壊れるのではないのかと、思うほどの悲痛な悲鳴が辺りに響く
 少女から切り離された腕が大きく放物線を書いて空に飛んだ。
 それをきっかけに大通りはたちまちパニックに陥った。
 今まで無関心を装っていた者も、近くで行く末を見ていた者も、例外なく我先に逃げだし始める。
 その間にも刃は少女に突き立てられる。
 少女は両腕を飛ばされても、首輪で強引に立たされているため逃げることも座ることも出来ずに声の限りに泣き叫ぶ。
 あまりの激痛のためか、少女の足元には黄色い水たまりが出来上がっていた。
 ファン。ファン。ファン。
 ようやく警官が駆けつけたが、出てきたのは全員自動人形だった。
 駄目だ。この男にはこれでは意味がない。
「刃物を下ろして少女を開放しろ!」
 一人の自動人形が勇ましくも男に拳銃を向ける。
「うるさい! 機械のくせに、人間様に指図するな!」
 男は苛立ちをぶつけるように、少女の身体に刃物を入れる。
 脇腹、脚、首、刃が通るたびに、少女の身体に流れている巡回液が流れだす。
 少女の声帯が強すぎる負荷で壊れたのか、口を大きく開けても何も聞こえない。
「くっ」
 照準を男に固定している警官達は悔しそうに呻く。
「撃ってみろよ! 撃ったらテメエらは廃棄処分決定だぞ!」
 この男は正真正銘のクズだ。身の危険に合うと壊そうとしている物に命令をする。
 なんとも愚かな奴だ。
 言いながらも用心深く、自分の前に傷ついた少女を立たせる。
 ウウゥン。ウウゥン。
 間違いない、今度こそ人間の警官が着た。
「くそっ!」
 男は舌打ちをすると少女を拘束していた鎖を放す。
 いきなりのことに少女の身体は前に傾く。
 バランサーが働いたのか、傷ついた足で少女は踏み止まろうとする。
 自動人形の警官達は、人質を開放した男を取り押さえようと開けていた距離を詰めようと前に出る。
 周りから安堵の気配が伝わるが、私はさらに危険になったと思った。
 その光景が私には酷くゆっくりと見えた。
 バランサーによって、辛うじて立っていた少女がビクンッと動いたかと思うと、胸が盛り上がり人工皮膚が限界までに伸びた所で肌が裂けた。
 中からは朱く染まった刀身が、驚くほど遅く突き出ていた。
「あああぁぁぁぁーーーーー!!」
 声帯が壊れたと思った少女が、今までで一番大きな声を出した。
 その場にいた全員が、少女の断末魔の声に一瞬動きを止める。
 男にはそれで十分だった。
 身を翻してビルの中に入って行った。
 警官達が慌てて男の後を追った。
 ビルの前には少女だけが取り残された。
 私は引き寄せられたように、少女に視線を向けた。
 目が合った。
 少女は怨むような、助けを求めるような、そんな目で私を見上げてきた。
 ……止めてくれ。私をそんな目で見ないで来れ。
 私は技師でもなければ、機械に詳しいわけでもない、ただの無力な人間なんだ。
 少女に向いていた視線を、無理矢理意思の力で引き剥がす。
 だが気になり、もう一度少女に視線を向ける。
 そこにはもう少女は居ず、無機物の固まりが横たわっていた。
 さっきと同じように、上下の色の違う瞳がこちらを見ている。
 先程まであった生命の光は、もう何処にも見えない。
 言いようのない罪悪感が私の心を支配する。
 何故、視線を外したのだ。
 何もできなくても、看取ること位は出来たのではないか?
 私が視線を外したことに因って彼女は、人間に絶望して逝ったのだろうか?
 せめて私が見ていてあげれば、彼女は絶望しなかったのだろうか。
 色々なことが頭を横切る。
 どうすれば彼女は助かったのだろうか。


 気がついたら自分の部屋に戻っていた。
 思考に没頭していて、どこをどう帰ったのかすら思い出せない。
「うっ、あああああーーーーー!!」
 落ちついたら溜まっていた物が、ダムが決壊したように溢れてきた。
「あああああぁぁぁーーーーー!!」
 選ばれたと言っても、人、一人救えないじゃないか!
 何故、優れた者が居なくなるのか。
「あああああぁぁぁーーーーー!!」
 何故あの男のような、ろくでもない者が残るのだ。
 人間なんか戦争で全て滅んでしまえば良かったんだ!
「ううううううぅぅぅぅーーーーー」
 何故、人間は認められない。自分達より優れた者の存在を。
 何故、過ちを犯す。生命を奪うと言う愚直を。
 この世に神は居ないのか?
「うううぅぅーーー」
 かえてやる。
 ならば変えてやる!
 世界が間違いだらけなら、私が世界を変えてやる!
 あの少女見たいな存在がなくなるように!
 正しき者が生きれる世界に。
 今はただ祈ろう、あの子に安らかな眠りが訪れるように、  いるかも分からない、神に祈ろう。

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